帰路にて

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仕事終わりの電車内、ドア横のスペースにもたれた私はじんわりと汗の浮かんだ首元を拭う。
本音を言うなら座りたかったのだが、今の時間帯を考えれば仕方のないことだ。この位置を確保できただけでも儲けものだと思おう。
それにしても、外と車内の気温差が尋常でない。あまりこの状態が続くようだと、ただでさえ風邪気味なところ、さらに具合が悪くなりそうだ。

車内にはカップルの姿が妙に多く見受けられた。
ああ、そうか。中吊り広告がふと目に入り合点が行く。最寄り駅前の広場で設営を行なっていたのを思い出した。
お祭り気分は構わないが、こんなところでもベタベタくっついているのを見ると暑苦しくて敵わないなと思う。
車内から目を背け、窓ガラスの向こうの今にも降り出しそうな曇天を見上げる。

子どもの頃は大好きだったはずのイベントが今では神経を逆撫でする。昔はいろいろと親にねだったものだったが、今欲しいのは睡眠時間の一択だ。

ようやく降車駅に到着し、人の群れに押されながらホームに降り立つ。
改札を出て広場に足を踏み入れると、頭上にはいくつもの灯りが連なっていた。スピーカーからは耳慣れた、調子の軽い曲が流れている。
風物詩といえば聞こえはいいが、その雰囲気を楽しむ余裕のない私には鬱陶しい以外の感想が浮かばない。

満員電車で脱ぐことの叶わなかったコートの下では、にじんだ汗がすっかり冷えていた。私は寒風に身震いする。
今日は12月24日、恋人たちの聖なる夜だ。
降り始めた雪の中、虚飾を体現したようなイルミネーションを尻目に私はひとり、家路を急ぐ。

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