ヴェルタースパロディ

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私のおじいさんがくれた初めてのキャンディ。
それはヴェルタースオリジナルで私は四歳でした。
その味は甘くてクリーミィで、こんな素晴らしいキャンディをもらえる私はきっと特別な存在なのだと感じました。

 
* * * * *
 

男はそのことをずっと忘れずにいた。
それは成人し科学者となってからも、子をなして年老いてからも変わらず、男のポケットにはその飴がいくつか常備されていた。
男にとってそれは「特別な存在」の象徴であり、彼が自信をなくして挫けそうになったとき、原風景を携えて口の中に広がるその味は、少なからず彼の心の支えとなった。

男が長年の研究を成就させ、俗に「タイムマシン」と呼ばれる装置を完成させたときもその飴は彼と共にあった。
時空転移のシステムとその理論は、然るべき機関によって厳重な体制で管理されることになったが、男はその功績を称えられ、一度だけ好きな時間に移動することを許された。

男は迷うことなく、自身の原点ともいえるあの日へ行くことを選んだ。
ただ、それは何せ四歳のときの出来事だったので、如何せん具体的な日付が分からない。
欠けた情報を補完すべく、脳の深くに沈んだ記憶をサルベージして解析し、その日を割り出す。
脳科学の粋を結集させた技術を用いることで時間旅行の目的地は判明し、男にもその日付が告げられた。
そのとき、記憶を解析した技術員が何かを伝えようとしたが、老いた顔に刻まれた皺を一層深くさせて微笑む男を見て、彼は口をつぐんだ。

時空転移は滞りなく遂行され、男はその日へやってきた。
男の顔を知る者はいないが、念のために簡易な変装も行った。
男が転送されたのは教会の前だった。
首をかしげながら男が門をくぐると、そこでは祖父の葬式がしめやかに行われていた。
動揺しつつも棺を覗き込むとそれは自分の祖父に間違いないようであった。
いや、それよりも、この顔は。

男は自分の死体を見ているようで気分が悪くなった。
外の空気を吸うために教会の庭へ出ると、そこでは一人の男の子が芝生にしゃがんで遊んでいた。
何か大きな引っかかりを感じる。
男の額を冷や汗がつたった。
汗をぬぐおうとポケットに手を入れて、ハンカチを探る。
その指が何かに触れた。
個包装の小さな袋。
そうして男はすべてに気付いた。

無意味な変装を外し、遊んでいる男の子に近づくと、男は自分の名前を呼んだ。
何も知らない幼い少年はうれしそうな顔で男のもとに駆け寄ってくる。
男はその子の頭を優しく撫でると、ポケットから飴を取り出して渡した。
男の子は甘くておいしい飴を舐めて、とても喜んでいる。
そして、男は迷うことなく、自身の原点ともいえるその日を後にした。

すべては自作自演に過ぎなかったのだ。
しかし、そう思いながらも男に喪失感はなかった。
男は今やもうその環から抜け出しているのだ。

研究所を後にし、家の玄関を開けた男のもとに、
小さな男の子が駆け寄ってくる。

 
* * * * *
 

今では私がおじいさん。
孫にあげるのはもちろんヴェルタースオリジナル。
なぜなら彼もまた特別な存在だからです。

「ヴェルタースパロディ」への2件のフィードバック

  1. こんなしみじみとした物語が書けて、お茶目な外見なダブルパッション。ファンにならずにいられません。次回舞台楽しみにしています。ヴェルタースオリジナルも頂いてみます。

    1. ありがとうございます!!
      『そして怒濤の伏線回収』絶賛公演中でございます。
      ヴェルタースオリジナルもどうぞお召し上がりください!

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